離婚でもするのではないかと思えるぐらいのけんかでした
今を思えば両親も今の私と同じ心境だったのかなと思います
普段では考えられないことでのけんか
翌日から母が寝込んだのは喧嘩のためだけでないこともわかりました。
夏には兄の下宿に行くことも決めていましたが喧嘩に結果わからなくなり
私が兄へ手紙を書き行きたいと言ったら夏休み始まってすぐに兄が呼んでくれました
今のように新幹線のないころでいたので時間距離は息子の大学のある町とおなじ
滅多に行けるところではありませんが大阪万博の年でしたのでラッキーでした
翌年には岡山へ父の転勤で移り、新幹線も岡山まで開業し大阪まで1時間になりましたので
休み明けなどは朝、自宅から直接大学に行ったこともあります
私が高校になる頃には国鉄(現JR)通学の私でしたので送りは私の仕事で
母はほとんどありませんでした。
きっと泣く姿を見せたくないからだと思います。
今だからわかるあの時の両親の気持ち
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